私の音楽日記

つぶやき日記

信念と柔軟性

 

今日、ピアノの先生にレッスンを受けている時に

雑談になった。

偶然にも「信念」と「柔軟性」についての話題になった。

 

「自分の信念を貫き通してテーマを突き詰めようと思う時

 柔軟な考えを持つ人が能力を伸ばすんですよね」と私。

 

先生も「そうなのよ」と。

「柔軟性が重要なのよね・・・」

 

よく大人がピアノを学び始めても、子供に比べると

その成長が見込めないと言われることがあるけれども、

実際はそんなことはないと思う。

 

子供は新しいことを吸収するだけなので、余計な情報を持たず

何も知らない分だけ柔軟で、素直に物事を受け入れてくれるので

覚えは早いけれども、何の疑問も持ってはいないので

感覚的な受け止め方で、論理的にはわかっていないことが多い。

 

そして楽しいことが通りすぎると飽きてきて、

探究心までは持たない子が大半なので、大人のように

執着して深い部分まで知ろうと探ったり試す子供は少ない。

 

子供は柔軟性はあるけれども、信念を持って行動するまでは

行きつかない事が多いので、根気強い親のバックアップが

必要になる。

 

一方、大人は豊富な知識と経験があって論理的だけれども、

これまで学んだ知識にない事や違った方向から指導すると

「これまで私が学んできた事を否定するつもりですか?」

と、たいてい頑なに拒まれる。

この点が柔軟性があるといえないところで難しい。

 

そして

「私は、ただピアノを弾いて楽しみたいだけですから」

と、自分のやりたいことだけを受け入れると宣言されて

完全に防御される。

 

ピアノ経験のある大人の人は、これまで学んできた延長線で

学びたいと思っていることが多いのは理解しているけれども、

先生も人間で、皆、同じことを教えるわけではないし、

それぞれにやり方も思考も違うので、指導法がまったく

異なるのは当たり前である。

だから、否定するつもりはなく、ただやり方が違うだけでも

理解されにくいのだなと感じる。

 

いつかこんな曲を演奏したいと高い理想を持って話されて

それを演奏したいなら、これだけのことは努力しましょうと

レッスン開始してみても、結局、理想と現実のギャップが

大きすぎて、そんなに急激な上達があるはずもなく

時間をかけてコツコツ積む努力はしたくないとなれば

頭の中で描いた理想が空中で崩壊した瞬間に

「やっぱり忙しくて練習する暇がないのでやめます」

と言われてガックリきてしまうことがある。

 

その時、これまでのことはいったん区切りをつけて

まず指導する人の言葉に耳を傾けて、とりあえず向き合う

柔軟性を持ち合わせていれば、新たな発見にもめぐりあえる。

時代と共に、過去に身につけたことも使えなくなることもあり

古いことへの執着が成長の妨げをしてしまうことがある。

 

だから何かを新たに学ぼうとする時、進もうとする時は

全く違った視点で物事を眺めてみること、他人の言葉に

耳を傾けて受け入れる柔軟性がある人は能力を伸ばすし

視野が広がり、その先の人生をより楽しむことができる

 

ということに気づいている大人がどれほどいるだろうか?

大人の場合、その柔軟性の違いが能力の差を生むことが

あるかなと思ったりする。

 

 

私の好きなASKAソロ曲

 

 

 

 Favorite song 、この「けれど空は青」を投稿してみた

 この動画、、

 カッコつけてるのが今のASKAさんと違いすぎるようで

 こんな時代もあったのだな

 

 人生、底の底まで行きついて這い上がってきて

 包み隠さずに心を語るASKAさんのほうが

 人間らしいし、生き方に嘘がなくていい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピアノ指導とメンタルケア

午前中、生徒さんに指導をして
少しの時間ティーパーティーした。

昨日のうちに気になる電話を頂いていた。
今日はレッスンに来られるかなと心配したら...
笑顔を見せてくれて安心した。

調子の良い日、悪い日があるようで
最近は、あまり気分が乗らないとのことだった。

リストカットを重ねた過去があるそうで
「なんで手首切りたくなっちゃうの?」
と素朴な質問をした。

「なんか、一度スッキリしたくなるんですよ
 リセットみたいな気持ちで、その後から
 元気が出てくるみたいなね・・」
という返事。

「身体から血を抜いてスッキリしたくなるなら
 献血の方が喜ばれるよ」

「薬を服用していると献血が無理なんですよ
 献血好きなんですけどね」
と言われて、

「採血検査で血を抜くんじゃ物足りないの?」

血液サラサラにしたいらしい・・・

「あのね、、せっかくピアノを始めたのに
 手首を切っちゃうとまずいよ。
 指の神経まで切れちゃったらどうするの?
 痺れが残ったら弾けないよ。
 手首使うし、指が命なんだからさぁ
 とにかく、手を大事にしてくれないと困るから」

「そうなんですよね、、
 ピアノする以上は手を大切にしないとダメですよね
 だから手首を切るのはやめましたよ」

「、、わかればいいよ」

と、そんな話をしていた。

ピアノは「手が命」だからと話すと
素直に理解してくれた。
本当は身体を傷つけて粗末にしてはいけないよ
と言いたいけれども反発されると困るから。

苦しい気持ちはわかるけれども

手首を切ったところで何も解決しない

 

ストレスを溜めないようにするのは無理だから
「リラックスできる場所を増やしなさい」
と教えた。

ピアノは、実に正直に人の心を表すもので
演奏する人の音色を聴けば心の内もわかるほど
わかりやすいから説明がいらない。

ピアノで何か好きな曲を演奏できるようになり
楽しさを分かち合えたら、少しは私も協力できた
といえるのかなと思う。

ピアノ指導を始めてから、同時に
生徒さんのメンタルケアすることも増えたし、
私自身も人生を学ばせてもらっている。

函館の人

 

函館でカフェバーを営む男友達が

今、無事に名古屋に着いたよと

facebookで仲間達に知らせてくれた。

 

数日前にMessengerでやり取りした時に

今回、想さんに会う予定があるんだよと

教えてくれた。

 

想さんとは劇作家北村想氏のこと。

芝居の世界では著名な劇作家(演出家)で、

今でも有名な俳優や女優の方々が

北村想さん脚本の舞台に立つ。

 

私は、当時の制作プロデューサーから頼まれて

2度ほど想さん事務所の舞台の裏方を

手伝ったことがある。

前衛的な熱い芝居をする集団で圧倒された。

 

函館の友人は、昔はタレント事務所に

所属する演劇青年だった。

 

当時、私の勤務する事務所の隣に喫茶店があり

彼はウエイターのバイトしながら役者していた。

喫茶店の休憩時間になると、私の仕事する事務所で

くつろいでいた。

時々、北海道に住んでいた頃の話をしてくれた。

 

 

最近になり、Messengerでやり取りする中で

彼が若い頃に想さん脚本の芝居で東京青山円形劇場

舞台に立っていた時期があったのを教えてくれた。

 

しばらく、想さんから一緒に芝居をしないかと

アプローチがあったのにも関わらず

役者の道を断ち今ではカフェのオーナーしている。

 

なんで芝居を捨てたの?と尋ねたかったけど、

なんか教えてくれない気がして聞きそびれた。

多分、優しいから地元に帰って親孝行を

したくなったんじゃないかな

 

未だに想さんから酒を飲もうよと誘われるそうで

そういう仲だったの!?と知った。

 

なんで僕なんかに声をかけてくれるんだろう?って、、

そりゃ、魅力的だからでしょう?

今でも目力が強いんだろうな・・・

昔からイケメンだったからモテそうで

女の子に放っておかれなさそうだし。

 

想さんところの看板女優佳梯かこさんは

どうしてるの?と尋ねたら、

「去年、急に亡くなったんだよ」

と返信もらって、、

ショックすぎて言葉にならない。

 

お互いに元気に年取ろうねと約束した。

 

 

自分の演奏がどこまで通用するのかを試す機会

 

10月第2週火曜にライブハウスで2曲だけだけど

ライブハウス専属のピアニストさんと一緒に

連弾演奏を披露したところ、意外に反応が良くて

「すごく興奮しました!」

「連弾の生演奏をはじめて見たけど

 凄い迫力で驚いたし楽しかったです

「また聴きたいから演奏して欲しい」など

感想をいただいた。

 

お世辞かなぁと思ってみたり

連弾だからウケたのかな?と思ってみたり。

 

私にとって連弾は特別ではないけれど

ソロ演奏よりはインパクトがあって

お客さんも演奏者も楽しめると思ったから

ライブハウスでの連弾演奏は決めていた。

 

想像していた以上に反応が良かったけど、

ピアノ教室の生徒さんを増やすための

営業活動のパフォーマンスとしてはじめたこと。

「音大を出ていないんだから弾けるところを実演してこい」

と知人から叱咤激励され、まあバナナのたたき売りみたいなもの。

 

ただ、パートナーが見つからないと次に進めないので

「どなたかパートナーになっていただけないでしょうか?」

と募集をしたところ、その日のうちにピアニストさんから

「ご一緒しても良いですよ」と声をかけて頂いた。

 

ピアニストさんからは、ピアソラの「リベルタンゴ」か

「オブリヴィオン」にしませんか?とリクエストを頂いたので

そのうちライブで演奏できるように準備中のところ。

 

同日に、篠笛演奏家の方とも一緒に演奏する話になり

篠笛奏者さんから中島みゆき「糸」と中孝介「花」を

演奏したいとリクエストを頂いて伴奏することになった。

 

こちらのピアノ伴奏が手ごわい。

 

実は、ここだけの話だけど、、、

ポップスのピアノ伴奏が得意じゃない。

譜面上はクラシックピアノ作品の方が

技術的に難しくても理解しやすくて演奏しやすい。

 

ところがポップスのピアノ伴奏譜は理解しにくい。

 

なんでだろうか? 色々と考えてみた結果

リズム取りに対して、指の運び方が不自然で

えっ?そこに和音が飛ぶんですか?と、、、、

 

伴奏楽譜作者は、簡単すぎては申し訳ないと思うのか、

無理に複雑な伴奏付けが書かれてあり

無駄に派手な動きが必要になったりするので

音符や小節の数で金額決まるの?と思ったりする。

伴奏なんだから目立つ必要ないんじゃないの?

というのが私の持論。

 

クラシックピアノ作品は旋律部分があるし

内声とベースが合理的に演奏できるよう

効率的な運指があてがわれているので、

自然に脳が記憶しやすいようにできている。

 

ところがポップス作品て運指が定まらないから

脳に記憶することが難しくて、何度弾いても

頭に残らないので困ったなぁ、、、となる。

 

結局、面倒くさくなってきてギターコードの

和音を分解させて単純なアルペジオにするか

自分で弾きやすいように試行錯誤するうちに

毎回弾き方が変わってしまうので、

旋律を奏でる人がいてくれないと、

自分がどこを演奏しているのかわからなくなり

パニック状態!

 

でも、これがニガテなのでできません、、、とは

言いたくないので、「だいじょうぶですよ!」と

顔で笑って、まったく問題ないように取り繕っている。

けど、ホントはかなり不安かなぁ