私の音楽日記

つぶやき日記

光と影

 哀歌

 

光と影

このレコード、金子裕則さんの唄う作品を知りたくて購入した。

普通、レコードってその人や曲が好きだから購入するんだけど・・

久しぶりにこのレコードを聴いてみたら、この若い時代の

金子さんのことが懐かしく思い出された。

 

1982年頃だったか大晦日に友人と合歓に出かけたら、

友人が、数m先にいる男性を見て

「あの人、金子裕則さんだよ」と耳元で教えてくれた。

「そう、、何する人なの?」と全く知らなかった私。

「えっ?知らないの?

 ポプコンから出て哀歌を唄ってる人なのに。

 なんで、ここにいるんだろう?」と友人は言った。

ポプコンは知っていたけど、、、

 

すると、金子さんから声をかけて下さり

「君たち遊びに来てるの?お正月をこちらで過ごすの?」

翌日、イベントするから良かったら来てとご案内だったと思う。

 

大晦日だったので、年越しそばを食べようとダイニングに行くと

再び、金子さんから声をかけられて話し込んだ。

といっても、金子さんがずっと一方的に喋るのを聞いていた。

 

旭化成で有名な延岡出身で福岡大学に通っていた事や

教職の資格を持っていること、

クリスタルキングのヒット曲には敵わなかったこと、

合歓での仕事が本意ではなかったことや、、

地元に帰ろうかと悩んだことなどだったと思う。

 

初対面の私に愚痴こぼすの?面白い人・・・

と思いながら聞いていた。

何故か、不思議と初対面の気がしなくて

ずっと昔から知っている人のような心地で

自然と会話していたような気がする。

人見知りの激しい私には珍しいことだった。

 

どういう言葉をかけるのが、その時の金子さんの力になるのか、

適切なのかを考えてみても上手い言葉が見つからなかった。

ただ「それで音楽を諦められるの?」と尋ねたと思う。

 

東京でなければ音楽活動は続けられない、そこから離れるのは

挫折であり、屈辱的な感情から抜け出すのが難しい時期で

光輝く未来の世界を眺めていたのが、突然、影の世界へと

暗転したのを思った。

 

それでも合歓で踏みとどまったのは音楽がやめられないから。

頑張ってみようと気持ちがあるからじゃないのかと

そんなことを思い、金子さんの音楽を聴かせてねと話し

合歓に遊びに行く時は、金子さんに会えるのを楽しみにしていた。

 

合歓から家に戻り、その後レコード屋さんに向かって

金子裕則さんのレコードを購入して聴いた。

 

その頃はポプコンブームで沸いていたし

身近にもヤマハボーカルスクールに通う友人がいて

ポプコンで入賞するというのは凄いことだった。

 

ただ、夢に描いたプロ歌手になりヒットを果たしても、

それを長期的に継続させることは難しく

常にヒットさせるための音楽を創作しつづけて

何枚もレコードを発売できるチャンスは

そうあるわけではない現実の厳しさも知った。

 

若い頃、まだそれほど経験もなく創作した音楽から

随分と時間が経って、今、どんな作品を創作して

唄っておられるのかなと思うことがある。

 

今も陰ながら金子さんファンで、

CDが発売されると購入して聴いている。