私の音楽日記

つぶやき日記

発想の転換から生まれる

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     私の描いた鉛筆画   禁じられた遊びをモチーフに描いたもの

 

私は幼少の頃から同い年の友達とは

うまくつき合うことができないのに

必ず、一人ぐらいは先生が特別扱いしてくれて

可愛がってくれたので登校拒否せずに済んだ。

 

小学校時代は万葉集の研究をする先生から

詩が面白いからと、詩の書き方を教えて頂いた。

 

中学では、美術の先生が3年間に渡り授業中に

厳しくも優しく特別に指導して下さった。

 

中学入学してすぐに校庭の桜の写生。

私、小学校時代から図書館で美術書の模写が趣味で

他の子に比べて陰影をつけて立体的に桜を描いたら

「ハハハ、実につまらん

 こんなつまらん絵、見たくもないわ、描き直せ」

美術の先生のヒトコトがそれだった。

 

次に校内で何を題材にしても良いので描くように言われ

私だけがクラスメイトが教室で遊ぶ絵を描いたら

「実に面白い。いいじゃないか、 

 君は僕の授業では風景画はいらないから

 全ての作品は人物画を描きなさい」

 

その時から3年間、その先生との戦いが始まり

本当に版画でも風景画でも下絵を持って行くと必ず

「君、これ風景画じゃないか! つまらん、ダメ~~、

 君には人物画といったはずだ、よく考えろ

 次週までに描きなおしてくるように」

提出期限ギリギリまでダメ~~~の連続で

徹夜で絵を描いて提出することが毎回続いた。

 

他の子は全員、風景だけ描いても「いいよ、次に進めてね」

と言われてるのに、なんで私だけ駄目出しされてるかなぁ?

友達の絵を横目で盗み見ては羨ましかった。

 

版画の風景画で、最後に浮かんだ絵がキャンプファイヤー

暗闇の中で焚火を囲み友達が懐中電灯で顔を照らして唄う様子をイメージし

数名の唄う顔だけを版画に彫り、懐中電灯の赤を入れただけで

それがようやくOKになった。

風景画も、古民家の屋根に上り雪かきするおじさんの様子とか、、

 

存在しない人達を空想して描くことを求められた。

背景に対して人物の心の動きがわかるような絵を描けば

大袈裟に褒めてくれた。

どんなに下手な絵を描いても先生は全員の生徒の前で

「先生はな、この子の絵を見ると涙が出るんだ

  君たちにはこの素晴らしい絵の意味がわかるか?」

クラスメイト達は

「そのヘタクソな絵のどこがいいんですか、

  僕には○○君の絵の方が素晴らしくみえます。」

「君たちに、心のある物とない物の違いなんかわからんだろうからな」

 

上手い絵なんてクソくらい

ぶかっこうな形

線のえぐれたモノは

人の心を惹きつける

そういう価値観もある

 

絵の奥行きって、そこにあるのだと思う。

写真はそのままの時代を切り取り伝えるものだけど

絵は、空想を交えることができるもので

人の動きを入れると絵は呼吸を始める。

たぶん、先生は私にはそれがわかだろうからと

3年間のうちに伝えようと努力して下さったと思う

 

詩や音楽の世界も、それに通じるところがあるのは

様々な背景や時間に架空の人の動作が加わり、

なぜその人はその動きをするのか心情的なものが理由付が加わり

その世界が練り上げられ創造されたものが作品となっていく。

聴いている人もまた、その詩や音楽を聴いて心が動かされる。

 

私は美術の時間に、そういう発想の転換して

描く面白さを学ばせてくれた先生に感謝している。

 

発想の転換には逆転の発想というのもある

大きなサークルの中に、小さなモノを描くと当たり前の絵になる。

小さなサークルからはみ出した大きなモノを描くと面白い絵になる。

こういう絵を描いても、先生は面白がってくれた。

 

これを物事に置き換えてみると、、

たとえば、攻めの一手で押し続けると周りは後ずさりして引く。

自らを少し引いてみると、相手は興味を示してくる。

周囲が興味を示してくれた方が物事は長続きするもので、

それを焦らし(ジラし)効果という??